色々語る

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【小説】ヘーゼルの密書 - 上田早夕里


僕の敬愛する先生であるところの上田早夕里さんの新刊が1月に出ていた。

三体を買いに行くついでに、新刊コーナーを舐めてみてやっと気づくことができた。

上田早夕里先生といえば、やっぱりオーシャンクロニクルシリーズをはじめとしたSF作家のイメージではあるのだけれど、破滅の王やリラと戦禍の風といったように歴史改変物も近年出版されている。
今作も日中戦争(盧溝橋)~太平洋戦争勃発までを補完するようなお話になっており、
あらすじを目にした段階で若干迷うところがあった。
今の読書に対する熱量で読み切れるだろうか…。
まぁしかし、読んでみると素直に文字が入ってくる慣れ親しんだ文章だ。

 

やはり感心させられるのは、バランス感覚の良さだ。
ともすると政治的な要素のみを注視されてしまうリスクを孕んだ題材でありながら、
これだけ各々の心情や葛藤を描き、人間の本質を捉えようとしている。
もちろんこの本質にある種の理想やあるべき論が含まれているのだが、
押し付けがましくなく、淡々と人間に備わっている要素を見せてくれる。
それは良い面も悪い面もあるし、過分にあれば業に転ずる。
あくまで俯瞰的に人間を描き、その評価を可能な限り排除しようとする姿勢が好ましい。

 

一方でこの辺は上田早夕里先生の作品に共通している部分で
あまり目新しさはなかった。
フィクションとはいえ歴史を題材にしていることから、
難しいのかもしれないが、もう少し劇的な展開が欲しいところであった。

 

と、ここまで書き、ふと思ったのが、ともすると政治要素が…と書いたもののそれくらい小説家として当然であり評価するべきポイントではなかったかもしれない。

このレベルのことを評価されても困るのではないかという疑問が湧いた。

そもそもがあまり歴史小説を読まないので分からない僕の勝手なイメージであった。

城山三郎先生の落日燃ゆなどは面白かった記憶があるが、それ以外で歴史小説を読んだことはほぼない。

 

まぁとにかく、上田早夕里先生のどこか冷めているようでいて、実は最後まで寄り添ってくれるような描き方がとても好きだ。